SaaSの主要KPI【ARR成長率】

2022.03.03
SaaSの主要KPI【ARR成長率】

多くのスタートアップが新規参入し、大型資金調達も相次いでいるSaaS業界。SaaSはマーケティングからカスタマーサクセスまでビジネスプロセスを分業していたり、サービスそのものがクラウドであったりという理由から、ビジネスKPIがかなり細分化されています。

 

さまざまなKPIがあるSaaS業界でも、特に重視されるのがARRとその成長率です。今回はARR成長率とは何か、そしてそれがなぜSaaS企業にとって重要なのかを解説します。

ARR成長率とは

ARR成長率とは、言葉の通りARRの成長率です。ARRとはAnnual Recurring Revenueの略で、「年間経常収益」を意味します。

 

ARRは年間の収益を表す言葉なので、このARR成長率も年間単位の比較となります。昨年のARRと今年のARRを比較して、今年の方が1.5倍になっていれば、今年のARR成長率は150%だったという形になります。

 

 

経常収益と非経常収益

「年間経常収益」という言葉に馴染みがないという方も少なくないでしょう。ここでは、まず経常利益について解説していきます。

 

経常収益は「決まって得られる収益」、非経常収益は「定期的に決まって得られるわけではない収益」のことを指します。

 

結論からいうと、SaaS製品を契約する際に支払う「月額」がこの経常収益です。なぜなら、SaaSプロダクトは基本的にサブスクリプションモデルを採用していて、その場合月額は来月以降も決まって得られる収益といえるからです。

 

サブスクリプションモデルとは、顧客が毎月料金を支払って製品やサービスを利用する、月額制のビジネスモデルのことです。サブスクリプションモデルでは、顧客側から「解約」のためのアクションを取らない限り、基本的に契約は更新されていて、同じ(もしくは使った分だけ)金額が課金されます。

 

例えば、サブスクではない単純な売りきり販売型の音楽CDの場合は、今月100人に売った場合、また来月は1から新しい人に売っていく必要があります。来月も安定して売ることができるか分からない状態では、今月の100人から得た収益は「決まって得られる収益」とはいえないため、「非経常収益」となるのです。

 

しかし、これがサブスクリプション型の音楽配信サービスの場合、全員定期契約をしているので、今月100人の契約があれば、(解約が出る可能性はもちろんあるものの)来月もこの100人がいる状態から計算が始まります。そのため、サブスクリプションにおけるこの月額は、経常収益と呼べるのです。

 

SaaSプロダクトの課金体系でよくある形は、初期費用+月額料金です。この場合、初期費用はその後も決まって得られる収益というわけではなく、最初にスポットで発生するものなので非経常収益になります。

 

一方で月額はその後も得られる収益なので経常収益となり、この月額を12倍した年間の金額が「年間経常収益=ARR」となるのです。

 

初期費用10万円、月額20万円の年間契約のサービスを1社ご契約いただいた場合、契約金額は10 + 20×12=250万円ですが、ARRは初期費用を除いた240万円になります。この事業のARRは、契約社数×250万円です。

ARRとMRRの違い

ARRと同時に出てくることの多い単語がMRRです。MRRはMonthly Recurring Revenue、つまり月間経常収益の略となります。先ほどの初期費用10万円、月額20万円の年間契約のサービスの例だと、月額20万円が1社あたりのMRRです。

 

どちらもSaaS企業内では頻繁に使用される単語ですが、どちらかというと月成果を示しているMRRの方が社内で使用される頻度は高いでしょう。ビジネス部門全体や、営業部門の目標数値がMRRになっていて、その特定の数値を毎月目指していることが多い傾向です。

 

一方でARRは、年度を振り返るタイミングであったり、外部の投資家や株主に事業状況を説明する際によく用いられます。

ARR成長率の計算式

では、実際にARR成長率を計算する際の計算式について説明します。ARR成長率を求める上で必要な、MRRやARRの計算式についても解説していくので、ぜひ参考にしてみてください。

MRRの計算式

ARR成長率を求める上では、まずMRRを求める必要があります。MRRは、現在契約している全企業の月額の合計、つまり下記のような計算式になるのです。

 

MRR = 月額利用料金 × 顧客数

 

先ほど説明したように、初期費用やスポットでのコンサルフィーなど、継続が前提となっていない金額は入りません。

 

ちなみに、毎月のMRRを分解すると下記のような式になります。

 

今月のMRR = 先月のMRR + 新規獲得したMRR + アップセルで獲得したMRR – 解約になったMRR – ダウンセルしたMRR

 

ARRが成長するにはMRRが成長することが必要なので、そのためには

  • 新規獲得MRR(New MRR)
  • アップセルMRR(Expansion MRR)

をいかに増やし、

  • 解約MRR(Churn MRR)
  • ダウンセルMRR(Downgrade MRR)

をいかに減らすかが重要となります。

 

MRRの計算についてさらに詳しく知りたい方は、「SaaSの主要KPI【MRR】とは?概要や計算方法を分かりやすく解説」をご参照ください。

ARRの計算式

MRRが求められたらARRの計算は簡単です。

 

年間と月間の違いなので、下記の式で求められます。

 

ARR = MRR × 12

 

基本的にARRはMRRを12倍したもので、どちらかが求められればもう片方もすぐ分かるため、どちらのほうがより重要ということはありません。月単位で把握できるMRRのほうが、より短期目線で社内の目標などに上がりやすい数値です。しかし、年単位のARRのほうが、年度末の振り返りや社外との会話などで触れられやすい数値となっています。

 

ARRについてさらに詳しく知りたい方は、「ARRとは|SaaS企業にとって重要な理由や計算方法を解説」をご参照ください。

ARR成長率の計算式

そして、ARRが求められたら最後はARR成長率の計算方法について紹介していきます。ARR成長率は去年と今年を比較して表す数値なので、下記のような計算式となります。

 

ARR成長率(%) = ( 当期末ARR – 前期末ARR ) ÷ 前期末ARR × 100

 

今期末のARRが15億円、前期末が10億円であれば、ARR成長率は150%となります。

ARR成長率を把握するメリット

このARR成長率は、冒頭でSaaS企業における重要指標だと説明しましたが、なぜ重要とされているのでしょうか。ここでは、ARR成長率を把握するメリットを説明します。

SaaSビジネスでの売上高をより正確に把握できる

まず1つが、SaaSビジネスの売上高について正確に把握できるようになることです。SaaS企業では、SaaS事業以外にコンサルなどのサービスを同時に提供しているパターンがよくあります。

 

このようにSaaSとその他の事業を並行して提供している企業で、年間の売上が1億円だったとしても、その1億円のうちの何割が経常収益で何割が非経常収益かによって、この企業のポテンシャルや成長性、現時点でのSaaSビジネスの習熟具合は全く異なります。

 

SaaSの事業としての現状を正確に把握するためには、直近のARRとその成長率を把握し、高い確率で継続的に得られるであろう経常収益としてどれだけの金額を獲得できているかを確認する必要があります。

事業の成長性を予測できる

このARR成長率こそ、SaaS企業・SaaS事業の成長性をもっとも如実に表す指標といっても過言ではありません。ARR成長率を測るために必要なARRは、継続的に得られる利益を元に計算されています。ですので、今後得られる利益も予測しやすいのです。

 

もちろん、解約などによって利益が変動する可能性がありますが、売りきり販売型よりも確実な利益予測ができます。今後どのような利益を得られる見込みがあるのかを把握できれば、事業の成長性も予測しやすいといえます。

ARR成長率が低くなってしまう原因

SaaS企業にとってARR成長率が重要ということはご理解いただけたかと思います。現在、ARR成長率が低いという場合には、次の2つのうちのいずれかが原因である可能性が高いです。ARR成長率を高めるためには、まずなぜ今成長率が伸びていないのかを把握するようにしましょう。

ARR追加が思うほどに伸びない

ARR成長率を伸ばすための主な方法は、新たな顧客を獲得してサブスクリプション契約を締結いただくか、既存の顧客にアップグレードプランを紹介したり、別製品のクロスセルを促進するかです。

 

つまり、ARR成長率が伸び悩むときは、このいずれかがうまくいっていないケースがあり、そのための対策アクションを取っていく必要があります。

 

新規獲得に問題があるならば、営業のスキルやリソースの問題、もしくはもっと上段の認知やリード獲得の問題の可能性があります。アップセルやクロスセルに問題があるならば、現状の満足度、もしくはサービスのプランやプライシングの見直しなどが必要といえるでしょう。

ARRが減ってしまう

ARR成長率を伸ばす方法があれば、ARR成長率を下がってしまう要因もあります。それが解約とダウンセルです。解約は文字通り、サブスクリプション契約を解約されることで、ダウンセルは解約とまではいかないまでもプランをダウングレードして契約金額を落とすことを指します。

 

解約のことをSaaS業界では「チャーン」と呼びますが、解約率=チャーンレートもまたSaaS業界では非常に重要な指標です。ARR成長率は、チャーンレートの影響を大きく受けるからです。

 

チャーンレートが高い状態のサービスは、いくら新規でお客様を獲得しようと、穴の空いたバケツに水を追加している状態に過ぎません。チャーンレートの改善なしにARR成長率の改善はほぼありませんので、SaaS事業の伸びを気にする上では、まず始めにチャーンレートの現状と理想を定義しましょう。

 

また、アップセルやクロスセルもあるならば、ダウンセルも当然あります。こちらは「解約するほどではないが今の単価感は高いのでダウングレードしたい」というケースに発生します。解約(チャーン)ほど致命傷ではないのですが、ダウンセルが続くとARR成長率に大きく影響してしまうため、チャーンレートへの対策と合わせて対処するようにしましょう。

ARR成長率の目安となる指標

ここからは、ARR成長率の目安となる指標を2つ紹介します。ARR成長率のアップを目指す場合には、これらの指標を活用すると良いでしょう。

T2D3

まず1つが、SaaSスタートアップ界隈ではよく使われるT2D3という目安です。これはTriple, Triple, Double, Double, Doubleの略で、SaaSプロダクトがPMF完了後に1年毎に3倍、3倍、2倍、2倍、2倍で成長できると理想だということを表しています。つまり、5年で72倍になる成長速度です。

 

5年で72倍と聞くと不可能な指標と思ってしまうかもしれませんが、SaaS企業の場合は不可能ではありません。SaaS企業にとって「T2D3」は重要な指標になるため、ぜひチェックしてみてください。

 

T2D3に関してさらに詳しく知りたい方は、「SaaSのスタートアップ企業が知っておくべき「T2D3」とは?」の記事をご覧ください。

Mendoza Line for SaaS Growth

もう1つ、T2D3ほど有名ではありませんが、比較的直近に提唱された目安を紹介します。それが、世界最大級のSaaSカンファレンスであるSaaStr2019にて発表された、メンドーサラインです。

引用元:The Mendoza Line for SaaS

 

このグラフと表がメンドーサラインです。これは、横軸が現時点でのARR、縦軸がそのARRの際に求められるARR成長率です。

 

こちらはT2D3が示す「理想」ラインというよりも、最低限超えておきたいラインという意味での目安なので、T2D3よりは低い達成ラインになっていることが分かります。この表を見ると、1番左がARR約1億円ですが、この時点で240%の成長率、約10億円の時に177%の成長率を目指すというのが目安です。

まとめ

以上、ARR成長率について解説しました。

ARR成長率はSaaS企業・事業の成長性を示す最重要指標ともいえる指標で、そのSaaS企業・SaaSプロダクトにどれだけ成長性があるかを知るために重要です。

 

ARR成長率が低い場合には、新たな顧客を獲得してサブスクリプション契約を締結、既存の顧客にアップグレードやクロスセルを促進するといった対策方法が有効といえます。また、解約とダウンセルを防ぐのも対策の1つです。

 

ARR成長率や、それに関係のある指標についてさらに詳しく知りたい方は、下記の資料を参考にしてみてください。

 

 

執筆者

広瀬好伸
株式会社ビーワンカレッジ 代表取締役社長

プロフィール

京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。

公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。

成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。

講演実績

株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。

論文

『経営指標とKPI の融合による意思決定と行動の全体最適化』(人工知能学会 知識流通ネットワーク研究会)

特許

「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)

アクセラレーションプログラム

OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。

取材実績

日本経済新聞、日経産業新聞、フジサンケイビジネスアイ、週刊ダイヤモンド、Startup Times、KANSAI STARTUP NEWSなど。

著書

『飲食店経営成功バイブル 1店舗から多店舗展開 23の失敗事例から学ぶ「お金」の壁の乗り越え方』(合同フォレスト)

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