Blog
記事・ブログ

SaaSの主要KPI【ARR成長率】

2021.06.18
SaaSの主要KPI【ARR成長率】

ARR成長率とは

ARRは、Annual Recurring Revenueの略で、年間経常収益と呼ばれています。

ARR成長率は、ある時点におけるARRが、その時点の1年前におけるARRと比べて、どれくらい増加したかをあらわします。

一般的には、決算期末や四半期末時点におけるARRが、その1年前のARRと比べて、どれくらい増加したかをあらわすことが多いです。

SaaS企業の成長性を示す重要なKPIです。

 

ARR成長率の計算式

決算期末を基準にした場合は次のように計算します。

ARR成長率(%) = ( 当期末ARR ー 前期末ARR ) ÷ 前期末ARR × 100

また、四半期末を基準にした場合は次のように計算します。

ARR成長率(%) = ( 当期第○四半期末ARR ー 前期第○四半期末ARR ) ÷ 前期第○四半期末ARR × 100

 

ARR成長率の目安

①T2D3を理解する

ARR(Annual Recurring Revenue)の成長率といった場合に、まず出てくるのが「T2D3」という言葉かと思います。
これはPMF(Product-Market Fit)達成後、1年後にPMF達成時ARRの3倍(Triple)、2年後にその3倍(Triple)、3年後にその2倍(Double)、4年後にその2倍(Double)、5年後にその2倍(Double)でARRが毎年伸びていくの良いSaaS スタートアップだという内容です。

PMF後は「5年で72倍」の ARRを達成するスピード感とスケール感がSaaSスタートアップには求められている、ということですね。

このT2D3という用語は、数多くのSaaSに投資しているBattery VenturesのNeeraj Agrawal氏が提唱したとされていて、2015年2月に同氏がTech Crunchのエントリを公開したことで有名になりました。

ただ、これを鵜呑みにするのも良くない気がしますし、どこかしら「SaaS企業の理想的な成長はT2D3である」というイメージが業界標準として扱われているように思えますが、果たしてそれは正しいのでしょうか?

そこで、まずはNeeraj氏の提唱内容を詳しく見てみましょう。

この中では、SaaS企業が市場参入してから成功するまでの段階を7つのフェーズに分けられていて、それぞれのフェーズで行うべきことが解説されています。

具体的には、次の7つのフェーズです。

フェーズ1:PMFの確立
フェーズ2:ARR(年間経常収益)200万ドル達成
フェーズ3:ARR600万ドル達成(3倍)
フェーズ4:ARR1800万ドル達成(3倍)
フェーズ5:ARR3600万ドル達成(2倍)
フェーズ6:ARR7,200万ドル達成(2倍)
フェーズ7:ARR1億4400万ドル達成(2倍)

フェーズ1:優れたPMFの確立

フェーズ1は、スタートアップのステージでいうと、いわゆるシード期にあたるでしょう。
このフェーズでは、まずは、顧客の課題を解決して満足いただけるSaaSを開発・提供して、それが適切なマーケットに受け入れられている状態、いわゆるPMFの達成と確立を目指します。
事業化していく顧客セグメントを見つけ出し、その顧客セグメントにおける課題を解決することで顧客を獲得していくフェーズです。

 

フェーズ2:ARR200万ドル達成

フェーズ2では、ARRで200万ドルを目指します。
1社あたりのARR平均が3万〜8万ドルと仮定すると、30〜60社の顧客を獲得できている状態を意味しており、このフェーズの完了には、通常1年〜2年かかるとされています。
Neeraj氏の提唱内容では、ARR200万ドルがPMF達成の1つの目安として記述されていると思われます。
このフェーズあたりがいわゆるアーリー期にあたるのでしょう。

 

フェーズ3:ARR600万ドル(3倍)達成

フェーズ3では、フェーズ2の3倍であるARR600万ドルを目指します。
つまり、フェーズ2でPMF達成した時のARR200万ドルを基準とした場合、PMF達成の1年後にはその3倍のARR600万ドルを達成することを意図しているのでしょう。
言い方を変えると、PMF達成時(どの時点がPMFの達成時と言えるのかはここではおいておいたとして)のARRが1億円なのであれば、フェーズ3ではその3倍のARR3億円を目指すということでしょう。
なお、この最初のトリプル「T1」を達成するために、Neeraj氏の提唱内容では、セールスリーダーと5〜10人のセールスを採用して進めることを推奨しています。
このフェーズ3あたりがいわゆるミドル期にあたるのでしょう。

 

フェーズ4:ARR1800万ドル(3倍)達成

フェーズ4では、フェーズ3の3倍であるARR1,800万ドルを目指します。
なお、この2回目のトリプル「T2」を達成するために、Neeraj氏の提唱内容では、フェーズ3からさらにセールスを増員して10〜20人程度のセールスで推進し、CEOはマネージャー育成と大きなアカウント獲得について時間を費やすことを推奨しています。
このフェーズあたりがいわゆるレイターきにあたるのでしょう。

フェーズ5:ARR3,600万ドル(2倍)達成

フェーズ5では、フェーズ4の2倍であるARR3,600万ドルを目指します。
20〜30人程度のセールスと3〜5人程度のマネージャーの組織が必要になります。
Neeraj氏の提唱内容では、このフェーズでの課題としてグローバルでの販売展開であるとしています。
このフェーズでは、CEOは、英国、フランス、ドイツなどのEMEA地域におけるセールスを展開するために、英国に3〜5人、その他の国で1〜2人のセールス担当を配置することを推奨しています。

フェーズ6:ARR7,200万ドル(2倍)達成

フェーズ6では、フェーズ5の2倍であるARR7,200万ドルを目指します。
このフェーズで重要なことは、非線形的な成長を確立すること、またはリセラーやパートナーチャネルを機能させることだとしています。
Neeraj氏の提唱内容では、ARR5,000万ドル達成前にこうしたチャネルを立ち上げるのは時期尚早としており、また数十社ではなく、1〜2社のパートナーとの生産性を高めることが重要だと指摘しています。

 

フェーズ7:ARR1億4,400万ドル(2倍)に到達

フェーズ7では、フェーズ6の2倍であるARR1億4,400万ドルを目指します。
ここまでくれば企業価値10億ドルとIPOが見えてくるとしています。

 

しかし、あわせて、これがゴールではなく、IPO後にさらなる成長を目指していくことになることを指摘しています。

以上を踏まえると、この「T2D3」というコンセプトには以下のような前提があるのではないかと考えられます。

 

< T2D3コンセプトの前提 >

  1. PMF達成時のARRをY-0としてT2D3を描いているが、ここではその目安をARR200万ドルとしているものの、必ずしもARR200万ドルでなくても、そのSaaSのPMFが達成できたとする時点のARRを基準としてT2D3を考えれば良い。
  2. BtoBのSaaS企業を念頭においている(フェーズ3以降の記載参照)。
  3. グローバル展開をするSaaS企業を念頭においている(フェーズ5の記載参照)。
  4. 企業価値評価10億ドルのSaaS企業を構築するためのコンセプトである(フェーズ7参照)。

 

特に3)のグローバル展開の観点で考えた場合、freeeやSansanといった日本におけるSaaSのトップ企業であっても、ほとんどが国内売上高ですし、ドメスティックなマーケットのみをターゲットとする場合に、T2D3コンセプトを適用すべきかは若干疑問です。

 

ではここで、公募価格ベースの時価総額で、過去に1,000億円規模で上場した国内SaaS企業であるSansan(1,346億円)とfreee(932億円)の2社について、その軌跡についてみてみましょう。

※新規上場時の有価証券報告書を参照しています。
※時系列でのARR算出は難しいのでここでは売上高を参照しています。
※SansanはFY2016以前は単体、freeeはFY2017以前は単体の数字です。
※単位は百万円です。

 

2社ともにFY2018が上場年度となっています。

まずはSansanですが、上場までの直近5年間は平均的に約50%(1.5倍)の成長が続いていましたので、T2D3の水準には達していないと推測されます。

次にfreeeですが、FY2014の売上高2.16億円を仮にFY0とした場合、FY+1で2.73倍、FY+2で2倍、FY+3で2倍、FY+4で1.8倍となっているので、T2D3には近しいですが、T1D3で上場を迎えたと推測されます。

もちろんこれは、

① ARRが不明であるため売上高で代用している
② PMF達成がいつなのかが不明である

ため、あくまでおおよその推測でしかないため、特にfreeeの方はもしかしたらT2D3を達成しているのかもしれませんが、国内SaaS企業でT2D3コンセプトのスピード感で企業価値評価10億ドルを達成して上場した企業はないと考えられます。

逆に言えば、上場時点において、2社ともに時価総額1,000億円に達しているので、そういう意味では、T2D3が企業価値評価10億ドルの必須条件ではなかったということでしょう。

では一方の海外に目を向けてみましょう。

次のグラフのとおり、Marketo、NetSuite、Omniture、Salesforce、ServiceNow、Workday、Zendeskなど、優良な SaaSスタートアップは T2D3 に近い推移で売上$100M (約 100 億円) を達成しています。

 

出典:https://techcrunch.com/2015/02/01/the-saas-travel-adventure/

 

これらの企業は、いずれもT2D3を達成したSaaSですが、達成した後もグローバルで高い成長を遂げている企業ばかりです。

確かに、このように実際にT2D3を達成しているSaaS企業もあるので、前述のプロセスでARRが成長すればT2D3の成長も可能なのでしょう。
しかし、これを達成することはとても難しいことですよね。

では、すべてのSaaS企業はT2D3を目指すべきなのでしょうか?

実務的に、T2D3は、VCや投資家に「SaaS企業の事業成長の1つの目安指標」として使用されていますが、T2D3を達成できないからといってSaaS企業として失敗しているというわけでは決してありません。

日本とアメリカとではSaaSのマーケット規模も異なりますし、前述した通り、ドメスティックなマーケットをターゲットとするのか、グローバルなマーケットをターゲットとするのかでも異なるので、画一的にT2D3を目指すべきとは言えないですし、それが理想的だとは必ずしも言えないと思います。

もちろん、世界を見据えてグローバル市場をターゲットにしているSaaS企業であれば大いに参考にすべきでしょう。

以上のような点を踏まえて、T2D3について鵜呑みにせずに、自社に最適な形で取り入れることが大切ですね。

 

②Mendoza Lineを理解する

T2D3に比べて圧倒的に聞きなれないですが、SaaS企業のARR成長率で参考になる指標があります。

それが、Mendoza Line for SaaS Growthです。

これは、世界最大級のSaaSカンファレンス「SaaStr2019」で、Scale Venture PartnersのRory O’Driscollがプレゼンテーションした指標です。

「The Mendoza Line for SaaS Growth -」Is your company growing fast enough to IPO?

このプレゼンテーションでは、SaaS企業がIPOで成功(企業価値評価$10MM)するために、ARRの各段階において最低限達成すべき成長率を提示しています。

 

たとえば、 ARR100万ドル時点においてはARR成長率は140%、ARR1,000万ドル時点においてはARR成長率は77%、ARR3,000万ドル時点においてはARR成長率は51%、そして、最終的には、ARR1億ドル時点においてはARR成長率は25%といった各段階の成長率が、過去にIPOを行ったSaaS企業のトラックレコードだそうです。

これは、次のグラフ(縦軸がIPO時のARR成長率、縦軸がIPO時のARR)のとおり、2016年から2018年にIPOしたSaaS企業で、ARR1億ドル × ARR成長率25%を達成していなかった企業(次のグラフの赤色部分)は1社もなかったことから、それらの企業のトラックレコードから導き出された各段階におけるマイルストーンです。

 

ではここで日本のSaaS企業におけるMendoza Line for SaaS Growthをみてみましょう。

次のグラフをみてください。

 

出典:企業データが使えるノート

 

先ほどのグラフと同様に、横軸はIPO時の売上高(ここではARRではなく売上高)、縦軸はIPO時の売上高成長率(同様にここではARR成長率ではなく売上高成長率)として、日本のSaaS企業の分布を示したものです。

まず、先ほどのアメリカのグラフでは、上場時におけるARRは1億ドルから3億ドルのレンジで上場している企業が多いのに対して、日本においては、売上高10億円弱から30億円のレンジで上場している企業が多いので、一桁規模が小さい状況です。

もちろん、アメリカの方はARRで日本の方は売上高での比較なので正確ではないですが、おおよその規模感の違いは見てとれるでしょう。

その前提をおいた上で、上のグラフを再度見てみると、上場時の売上高は10億円前後から20億円弱で上場しているSaaS企業と、30億前後で上場しているSaaS企業が多い分布になっていますが、いずれにしても、その売上高成長率は25%から75%のレンジにおおよそ収まっていて、平均的には50%程度の成長率となっているようです。

これが日本のSaaS企業におけるMendoza Line for SaaS Growthかもしれません。

もう1つ参考になるデータが次のグラフです。

 

出典:CRO Hack

 

スタートアップの資金調達ラウンド別のARR成長率を調査した結果です。

もちろんターゲット業界などによって異なるので単純比較はできずあくまで参考程度ですが、ARR成長率の平均は28%程度になっていて、ラウンドが進むにつれて上昇していく傾向にあることが見て取れます。

さらにもう1つ、参考になるデータがあります。

前述のようなT2D3に代表されるARRの成長率目標は、ARR $1M(約1億円)以上では一般的ですが、ARR $1M以下ではどれくらいの成長率を目標にすべきかについては、一般的なベンチマークがないです。

From $0 to $1M: Extending Your Hyper-Growth Periodでは、アメリカの未上場SaaSスタートアップのデータを集めているScale Venture Partnersが、現在のアメリカSaaSスタートアップのARRレンジ別の年間成長率データをまとめて紹介しています。

 

 

同記事の中にあるこのデータによると、ARR $0M – $1M のレンジでは、上位50%の年間成長率が+365%となっているので、このレンジのSaaSは、年間で3倍から5倍のARR成長が1つのベンチマークになると思います。

ARR成長率の目安としては以上のようにさまざまな見方があります。

グローバルな展開を目指すのであれば、ミニマムのARR成長率としてMendoza Line for SaaS Growthを参考にしつつ、T2D3を狙っていくという目安もあるでしょうし、ドメスティックな展開を考えるのであれば、平均的に30%程度のARR成長率を維持しながらも、IPO時のARR成長率50%超に向けて高めていくという目安も考えられるかと思います。

事業計画やファイナンスに取り組む際に、目指すべきARR成長率をどれくらいにするのか、または、いまの自社のARR成長率がいいのかどうか、といったことの目安にしていただければと思います。