Blog
記事・ブログ

SaaSの主要KPI【Quick ratio】

2021.07.07
SaaSの主要KPI【Quick ratio】

Quick ratioとは

MRRやARRの成長率がSaaSビジネスの量的な成長性を表すものだとすると、Quick ratioはSaaSビジネスの質的な成長性を表すもので、成長における効率性や健全性を表すKPIになります。

Quick ratioによって、SaaSビジネスが、効率的かつ健全に成長しているかどうかを測ります。

Quick ratioとは、一定期間に獲得したMRRと、同期間に失ったMRRの比率を表すKPIです。

失ったMRRも加味するので、MRRやARRのシンプルかつ量的な成長性KPIからは得られない、経営的なインサイトを得られます。

 

つまり、MRRやARRが高い成長率であった(=新規獲得MRRやARRが好調に増加した)としても、解約などによって失うMRRやARRが多いとするならば、決して効率よく健全に成長しているとは言えないということです。

一般的に、新規顧客の獲得コストは、既存顧客の維持コストの5倍から25倍高いと言われています。

既存顧客の維持(=チャーンレートが低い状態)よりも、新規顧客の獲得に依存した状態で成長を続けるとコスト高になってしまうので、そうなってしまうと、効率よく健全に成長している状態ではなくなり、しいては、ビジネスとして成立しなくなる可能性が高くなります。

 

Quick ratioの計算式

Quick ratioは、MRRをもとに計算します。

まず、MRRは、次の4種類に分類されます。

 

New MRR

その月に新規獲得した新規顧客から得られるMRR

 

Expansion MRR

アップグレードなどによって前月よりも取引額が増えた既存顧客から得られるMRR

 

Contraction MRR

ダウングレードなどによって前月よりも取引額が減った既存顧客から得られるMRR

 

Churn MRR

その月にサービスを解約した既存顧客のMRR

これを踏まえて、Quick ratioの計算式は次のようになります。

 

Quick ratio = ( New MRR + Expansion MRR ) ÷ ( Contraction MRR + Churn MRR )

 

この計算式に出てくる分子( New MRR と Expansion MRR )はMRRの増加を表すもので、分母( Contraction MRR と Churn MRR )はMRRの減少を表すものです。

つまり、増えたMRRを減ったMRRで割るだけです。

 

Quick ratioが重要な理由

Quick Ratioが低い場合、ContractionやChurnによる MRR・ARRの減少がクリティカルな状態である可能性が高いことを意味しています。

SaaSが成長段階にあれば、新規顧客の獲得やアップグレードが順調に増加して、解約やダウングレードによるMRR・ARRの減少をあまり重要視しないかもれません。

しかし、一般的に、新規顧客の獲得は、SaaSが成長するに従って少しずつ難しくなります。

つまり、SaaSが成長すればするほど、その成長性を維持・向上させるためには、解約やダウングレードを防止して既存顧客を維持することが重要になります。

 

また、これは、先ほど述べた新規顧客の獲得コストと既存顧客の維持コストの比較でも同じことが言えます。

 

Quick Ratioを使用すると、新しく増えたMRRと減ったMRRの2つの数値の割合がどうなっているのか、そして、そのSaaSが持続可能なビジネスモデルがあるかどうかを確認するモノサシになります。

 

単純化した例で考えてみます。

 

ケース ①

New MRR と Expansion MRR が合計 1,200 千円で、 Contraction MRR と Churn MRR が合計 200 千円あるケース。

純粋な増加MRRは 1,000 千円( = 1,200 – 200 )です。

このケースのQuick ratioは次のとおりです。

Quick ratio = 1,200 千円 ÷ 200 千円 = 6

 

ケース ②

New MRR と Expansion MRR が合計 1,500 千円で、 Contraction MRR と Churn MRR が合計 500 千円あるケース。

純粋な増加MRRは 1,000 千円( = 1,500 – 500 )です。

このケースのQuick ratioは次のとおりです。

Quick ratio = 1,500 千円 ÷ 500 千円 = 3

 

ケース ③

New MRR と Expansion MRR が合計 2,000 千円で、 Contraction MRR と Churn MRR が合計 1,000 千円あるケース。

純粋な増加MRRは 1,000 千円( = 2,000 – 1,000 )です。

このケースのQuick ratioは次のとおりです。

Quick ratio = 2,000 千円 ÷ 1,000 千円 = 2

 

いずれのケースも純粋な増加MRRは 1,000 千円で同じです。

しかし、シナリオ①、シナリオ②、シナリオ③の順で、分母の増加MRRが増えているので、その分、コストが増えている状態になっているでしょう。

つまり、シナリオ③、シナリオ②、シナリオ①の順で、SaaSの成長が効率的と言えます。

 

Quick ratioの目安

Quick ratioは高いほど、SaaSビジネスの成長は効率かつ健全だといえます。

1つのベンチマークを示すとすれば次のとおりです。

 

Quick ratio < 1

この状態は、そのSaaSが成長どころか衰退していっていることを示しています。

この状態が長く続けば、ビジネスそのものの存続が困難になるでしょう。

 

1 < Quick ratio < 4

一見、順調に成長しているように見えます。

しかし、減っていくMRRも一定程度以上あるために、常に高レベルでMRRを増やしていかねばなりません。

先ほどの通り、高コストにもなりがちです。

そのため、SaaSとしては成長していくものの、そのスピードはなかなか上がりづらく、かつ、先ほどの通り、徐々にそのスピードも落ちて、非効率な成長状態になっていきます。

 

4 < Quick ratio

効率で健全に成長しているはずです。

アメリカのVCであるSocial Capitalが、SaaS企業への投資条件の1つとして、Quick ratioが 4 以上であることとしており、実際に、年間平均成長率が50%を超えるSaaS企業のQuick ratioの平均値がおおよそ4になっているというデータがあることから、Quick ratioは 4 以上が望ましいというのが一般的なベンチマークになっています。

 

しかし、このベンチマークを鵜呑みにするのは危険です。

なぜなら、Quick ratioは、SaaSの成長ステージや戦略などによって大きく変わるからです。

一般的には、次のような段階を踏んでいくことが多いでしょう。

 

ビジネスの開始当初

ビジネスを始めて当初の時期は、最初の契約更新のタイミングまで(たとえば、6ヶ月契約なら契約開始から6ヶ月間、12ヶ月契約なら契約開始から12ヶ月間)は解約は基本的には発生しません。この場合、Quick ratioの計算式上、分母が 0 になってしまうので計算できません。

また、このような複数月の契約でない場合、ビジネスを始めて当初の時期は、まだ顧客の課題にマッチしきれておらず解約率が高くなることもあります。この場合、Quick ratioはとても低く計算されます。

一方、顧客がまだまだサービスの評価を行なっている段階で、そこまで解約が増えないかもしれません。この場合は逆にQuick ratioは高くなります。

 

いずれにしても、この段階では、まだQuick ratioはまだ意味をなさないでしょう。

 

解約が始まる

最初の契約更新のタイミングを迎えて、少しずつ解約が始まってくる段階です。

この段階になると、複数月の契約となっている場合でも、Quick ratioを計算できるようになってきます。

しかし、まだまだビジネスとしての再現性は低い状態であることが多く、Quick ratioで成長の効率性や健全性を測るには時期尚早でしょう。

 

アップグレードやダウングレードが始まる

この段階になれば、初期の顧客からの解約、ダウングレード、アップグレードが活発化してきますし、ビジネスの再現性も(高いか低いかは別として)ある程度見えてきているでしょう。

この辺りから、解約やダウングレードをいかに防ぐかが、継続的な成長の重要ファクターになってくるので、この段階になって初めて、Quick ratioも1桁の数値を示すようになり、SaaSとしての成長の質を測るのに重要なKPIとなります。

 

成長期から安定期・衰退期へ

成長期を終えて、安定期に入ってくると、それまでのように新規顧客の獲得やアップグレードが難しくなり、一方で、一定の解約やダウングレードは発生し続けるので、Quick ratio 4 以上を維持することが難しくなります。

さらに、安定期を過ぎて衰退期に入ればなおのことです。

この段階になると、そもそもQuick ratioでビジネス成長の質を測るという状況ではなくなっているでしょう。

もしくは、Quick ratioのベンチマークとしての4は意味をなさなくなっているでしょう。

 

結論としては、成長期にあるSaaSで、PMFも達成して、ビジネスの再現性もある程度見えてきた段階で威力を発揮するKPIと言えます。

また、SaaS事業においては、モニタリングするべきKPIがある程度科学されています。

主要なKPIを網羅的にまとめてありますので、ぜひ下記の資料も参考にしてください。

 

執筆者

広瀬好伸
株式会社ビーワンカレッジ 代表取締役社長

プロフィール

京都大学経済学部卒、あずさ監査法⼈にてIPO準備や銀⾏監査に従事。
起業後、公認会計⼠・税理⼠として、上場企業役員、IPO、M&A、企業再⽣、社外CFOなどを通じて600社以上の事業に関わる。

公認会計士、 IPOコンサルタント、社外役員として計4度の上場を経験。
株式会社i-plug社外役員、株式会社NATTY SWANKY社外役員。

成長スピードの早い企業におけるKPIマネジメントやファイナンス、上場準備や上場後の予算管理精度の高度化といった経験を踏まえ、KPIのスペシャリストとして、日本初のKPIマネジメント特化SaaS「Scale Cloud」の開発・提供やコンサルティングに注力。
従来のマネジメント手法を飛躍的に進化させ、企業の事業拡大に貢献中。

講演実績

株式会社セールスフォース・ドットコム、株式会社ストライク、株式会社プロネクサス、株式会社i-plug、株式会社識学、株式会社ZUU、株式会社あしたのチーム、ジャフコグループ株式会社、トビラシステムズ株式会社、株式会社琉球アスティーダスポーツクラブなどの主催セミナー、日本スタートアップ支援協会などの経営者団体、HRカンファレンスなどのカンファレンス、関西フューチャーサミットなどのスタートアップイベントなどにおける講演やピッチも実績多数。

論文

『経営指標とKPI の融合による意思決定と行動の全体最適化』(人工知能学会 知識流通ネットワーク研究会)

特許

「組織の経営指標情報を、経営判断に関する項目に細分化し、項目同士の関連性を見つけて順位付けし、経営に重要な項目を見つけ出せる経営支援システム」(特許第6842627号)

アクセラレーションプログラム

OIH(大阪イノベーションハブ)を拠点として、有限責任監査法人トーマツ大阪事務所が運営するシードアクセラレーションプログラム「OSAP」採択。

取材実績

日本経済新聞、日経産業新聞、フジサンケイビジネスアイ、週刊ダイヤモンド、Startup Times、KANSAI STARTUP NEWSなど。

著書

『飲食店経営成功バイブル 1店舗から多店舗展開 23の失敗事例から学ぶ「お金」の壁の乗り越え方』(合同フォレスト)

Twitter